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2月, 2025の投稿を表示しています

インドで食べたローカルフード

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 インドで食べたローカルフード 印象的だったものを思い出しながら、ここに少しづつ加えていく予定です 【ローカル朝食】(チェンナイ)  インドの料理と言えば日本人誰もが「辛い!」「カレーが毎食」と言う意識でしょうね。 私は「できる限りインドの人が食べる普通の料理を食べる」 と心に決め、初日から実行しました。  初日は6:00の散歩、多分24時間営業のコーヒーショップでチャイ朝食店はまだ開いてない。出直しで朝8:00頃 歩くこと15分くらい見つけた小さい店でサモサとクリームパン、インドには珍しく個装これはインドらしくない!、 サモサ +クリームパン+チャイ   20+40+15で75ルピー(150円) どうもこれは教えてくれた店とは違うようだ 2日目、宿の人に美味しい店は?と聞いてBALAJI、何が出てくるか解らなけど  メニューの上から順番に 行ってみるか! キッチョドKichodi + コーヒー で50+20ルピー(約140円)  野菜が入ったマッシュポテトといったところ 3日目 同じ店に ポンガリPongal+メドヴァダイMedvadai +コーヒー  50+15+20ルピー(170円)  やわらかいライスに香辛料、真ん中はマッシュポテトかな?  メドヴァダイは豆の粉を丸くドーナツ状にして油であげたもの 発音は店の人の聞き取りなので念のため店のメニュー表スペルを書き写した、何度も興味津々でカウンターのショーケースなど見に行くし、後から入ってきた人も撮らせてもらったりしたので店の人が「面白い外国人が来た」と微笑みながら見ていた。 テーブルには赤と白のソース が置いてあり、ちょっと使ってみた。やっぱり辛かった、白い方はちょっと酸っぱい感じ。どうやら使い放題の様子。 私は少食でしかも遅い、後から入ってきた現地の人 朝はイメージしていたより少食、しかし早い私より先に食べて出て行った。

旅程等

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今回私が行った場所と、写真ダイジェスト  観光地の歴史や見どころは ガイドブックに載っているしネット検索できる時代、 WEBで 引けばもっと深く探ることもできるでしょう。  単に 私の行ったところの写真集、行った場所の羅列 なんて誰も面白いと思わない でしょうからあえてダイジェストにして写真にして載せます。 (当初計画では日ごとに旅行中書いたものを再編集して載せようと考えていましたが)  地名はスペルがわからないと現地で検索できない、Google マップに日本語で言って 検索をかけてもほとんど出てこない(と今回の旅行で学習しました) 故に 地名は現地表記のスペルを最後の部分にテキストでつけました。 皆さんの役に立てば幸いです。 ----------------------- 旅程の地名(検索用スペル) チェンナイ マハーバリプラムMahabalipuram ファイブ・ラタFive Rathas ポンディシェリ ・オーロビル Aurovile ・イマキュレート ・コンセプション教会 Immaculate Conception ・オーロビンド ・アーシュラム Aurobind Ashram ・政府広場Goverment Sq ・ブドゥチェリー博物館Puduchrry Museum ・サクレド・ハート教会Sacred Heart ・ポンデシェリー駅(工事中)Puduchrry ・海岸沿いプロムナードPromernade 又はGoubertAve. ・ガンディ記念碑Gandhi ・ノートルダム教会Notre Dame クンバコーナム ・ナターラジャ寺院Nataraja ・パレスSangeetha Mahal ・ダーラースラム寺院Dharasuram (世界遺産) ブリハティシュワラ寺院Brihadeeswara (世界遺産)  ラーメシュワラム ・パーンバン橋Pamban ・ラーマナータスワーミ寺院Ramanathaswarmy ・ダーナシュコディ岬Dhanuskodi ・コザンダラーマール寺院Kathandaramor ・ガンダマダナ・パルヴァターム寺院     GangdamadanaParvatham ・Dr.A.P.J.Addulkalam(インドのロケットの父) ・クンスカルビーチKunthkal カニャークマリ ・クマリ・アンマン寺院Kumari ...

やっぱり日本 いいね!

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 2/1からの冒険旅行、チェンナイ入りしインド南部の東・南端・西をバイクで1,600km走って帰ってきた。 体重は変わらず、 荷物17.2kg(1.2kg増)  自由で活動的な国、気温も心も暖かい国、そして誰でも言うように日本の良さをしみじみ感じました。  今回のインド行き、無念ながら途中リタイア。 この先BackPackで・・・まだまだ続けたかったところですが途中で足が痛くなりやむなく決断「またくればいいや」ということでコチより帰路・・・。  結果、手はこんな具合。(左は91歳の義母の手、留守の見守りに北海道から駆けつけてくれていた。右は妻の手) 生まれて初めての無精ひげ、約1cm(20日なので 0.5mm/1日くらい)  冒険旅行、環境が許せばまた行くぞ!  

コチ⇒成田 一旦日本に帰り鍛え直し

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 今回の冒険旅は40日という予定でこの先列車でインドの西を回る予定でいた。しかし残念なことに右足が上がらなくなり歩くのも困難な状況になってしまった。 ・・・ゴア・ムンバイ・アーメダバードでもその日に宿を決める私の旅では歩けないと致命的。遺跡・階段井戸・ 3000段の石段などこの膝では到底楽しめるはずがない。情けないが今回の旅行は一旦日本に帰り鍛え直して出かけることにした。片道切符で来たのでそこは自由。コチに国際空港があり トランジット 1回で帰れることが分かり決断した。  人生これから先も長くテニスをやりたいし、息子と一緒に山にも登りたい。膝を治さないとこの先楽しみが半減する。 またくればいい!かなりインドの旅行事情が分かってきたので今回はお試し ということで改めて挑戦したいと思う。  助けを借りながらどうにか空港に入れたので、タイ航空のカウンターへ、そしてバンコク空港へ約4時間、広い!さすが世界のハブ空港!インドと1.5時間、日本と2時間の時差で外は明るくなった。あと成田まで約4500km約5時間。機内の様子はgoodさすがドル箱路線。タイ語アナウンスなどは理解できないが、CAが小さな子供を「座席でシートベルトを付けろ」と怖い顔で強制している。仕事としては分かるが……泣き叫ぶ子、理不尽だよな~と思っていたら、到着の時も同様の事が起き、今度は「泣く子と〇〇に勝るものはない」とCAが折れたのをみて安堵した。  スマホの電池が切れかけてきた、ドル箱路線のディスプレイ付座席ならUSB電源があるはずと探していたところあったのは電源コンセント。充電器は預入荷物の中、残念と思っていたら隣の人がアダプタを貸してくれた。なんと日本式の縦2枚刃?? 聞くとカナダは日本と同じらしい。そこから話が弾み、タイにも家を買いカナダと半年づつ行き来しているというショーの54歳のプロデューサと旅の話で盛り上がった。私の英語力では半分くらいしか受け応えはできないが、写真を見ながら・見せながらで話ができたように思う。  無事自宅に戻り家族に再会。翌日の日本22:00時カナダは朝8:00気温マイナス17℃とのこと、無事Watsappチャットでつながった。南インドは28-32℃、自宅は0-10℃。全く世界は広い!元気があれば、というより元気を維持してまた知らない世界を訪れてみたい。

コチの祭りの選ばれし男とバイク旅終了

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   コチに住むD氏の甥御さん、実は街の選ばれし青年で、昨日のお祭りで、踊りを披露したとのこと。何しろ舌に棒を串刺しして踊ったとのこと、舌を出して見せてくれた。確かに穴の跡が残っている。 ([ケーララ、マラーヤム人の2月のお祭り]で検索したけど出てこない、動画を貰ったので、うまくできればそのうちリンクを貼ります)  当初から予定のバイク旅はここで一区切り、ここまでよく走りました。南インドの東・南端・西と1,613.7km 故障もなく転んで傷を付けてくしまったけどありがとう。インドと日本の旗は風に羽ばたき裾はボロボロ。勝手に日印友好を掲げて走ってきました。掲げることで当初心配していたような盗難や嫌悪など微塵も感じることなく、親切で優しく、微笑んで声を掛けてくれる方々に恵まれたように思います。  コチ空港まで早く行って乗れるかどうかという心配をしつつも最後の晩餐を3人で、スリランカ発のホテルチェーン店でEgg Popsなるものとチャイで腹ごしらえ(これが美味しかった)、早めに空港へ。  コチの町は相当に大きく212万人とのこと、ラッシュがひどくタクシーで1.5時間もかかった。 コチ空港はなんと100%が自然エネルギーでまかなわれているとの情報。確かに駐車場の屋根は全部ソーラーパネル。  それよりなにより航空券の予約が取れているか?まずは予約の紙がないと空港にも入れない。ヘルプデスクに頼ることに(マラーヤム語)、タイ航空に電話してメールが受け取れていない旨話して確認(英語)、よかった予約は取れてた\( ^ ^)/。  カウンターの人が予約券をセキュリティゲートまで持ってきてくれた。 とても私だけの力では到底帰れなかったろう。二人のサポートに感謝m(._.)m この先また後日。         

コチ(ケーララ州 天然の入り江に恵まれた古くからの交易港)

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 宿の人に「コチの観光名所は?」と聞くと、インドには珍しく地図をくれて○印、(インドでは紙を使わないエコの文化や政策?が徹底している)ほとんどが古い街の地区(フォート・コーチン)で昨日行ったところだよ・・・。でも気を取り直しバイクで向かう。  まずは踊りだけで表現するという多分この地方の神様みたいな「カタカリ」舞踊で昼の講演を予約をと思ってたけど残念ながら今日の上演は17:30の一回のみと受付で言われ残念!  次はサンタクルス教会、真っ白なそびえたつような外観。歴史を感じる荘厳で天井画が奇麗。  そしてチャイニーズ・フィッシング・ネット、捕れた網の中から何かをこちらに投げたので見ると日本でいう「シャコ(がさえび)」だった。きっとここでは売れないのだろう。昨日川べりにあったのとは違い観光客を意識した露店、日本語もいっぱい飛び出す場所(私的にはあまり嬉しくない場所)。次はかつての旧ユダヤ人街へ、と思ったが友人との約束があったので宿に戻ることにした。  この友人D氏、チェンナイで入国した時からお世話になっている方で、わざわざ列車に乗って駆けつけてくれた。バイクのピックアップは予定どおりだったが、コチ空港からの出国の補助のために、ケーララ州の言葉「マラヤーラム語」の通じる甥御さんを連れて。なんともありがたい。  実は右足膝が痛くて歩くのもつらい状況になりコチ空港からの格安の航空券(タイ航空)がとれたので、今回は帰国する決断をした。  この先の計画は列車に切り替えゴアのビーチでの~んびりとと3年前のアラビア海で泳ぐ夢(今回水着を持ってきた)の実現、エローラ・アジャンターの遺跡めぐり、アーメダバード以降のシャトルンジャ山の3000段の階段などは歩ければ楽しめるけどこの足では・・・、この先各地の駅からの宿探しであるいてからなど考えると足を鍛えなおしてまた来たほうがと一旦帰国すると決めた。 また来るぞ~!!!!        

アレッピー → コチ サンセットクルーズ

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   今日も日の出を見に岸へ、今朝のフルーツはグリーンマンゴウ、剥いたらしっかりオレンジ色でした。(すぐそばで同じようなマンゴウが木になっていた)  9:00 アレッピーの宿を出てのんびりゆっくりパチリパチリと、途中、あ奇麗と思った教会は日曜日の礼拝終わり時間なのか人がいっぱい、この近辺はポルトガル・オランダ・イギリス支配などで多くのキリスト教徒がいるのだろう。  途中の橋で見つけた!四角く貼った網を水平に沈め持ち上げると魚が取れる仕組み(ガイドブックではチャイニーズ・フィッシングネット)これ四つ出の網?日本でもどこかで見たような、でもここまで大きく、そしてたくさんは見たことがなかった。  コチ市内に入ったようなので目的地をパレスに、以前の経験から偉大な王の館だろうから時間がかかりそうとバイクにシートぐるぐる巻きを施し行ってみたら、30分ほどで見終わってしまった(^_^;) でもそれなりに立派な日本でいえば折り上げ格天井、揺れるベッドなど(多分風を起こして涼しく寝るため?)、次は歴史で習ったヴァスコ・ダ・ガマが眠る教会、検索ではcloseとなっていたが幸い中まで入れた。彼の墓はどこかわからず、残念!  次はホテル決め、今回は「地……歩き方」で目星をつけて飛びこんで正解、エアコンなし980ルピー(およそ2000円/24時間)部屋を見せてもらって決めた。今使ってみて十分な広さテーブル、コンセントシーツもバスタオルも清潔、24時間お湯は使える!(太陽光温水だそうな)  クルーズ後足が痛そうな私を見てか部屋まで荷物を運んでくれたし今回の旅で一番十分な部屋と安さとサービスです。  ( 使った人の意見を本に反映させているとガイドブックに関心)  そしてサンセットクルーズ、ガイドブックではすぐそこだったはずが、行くとここではないあと1.5kmほど先だという(ほめたけどガイドブック情報間違い(-_-;))、右ひざの痛みに耐えながら歩いてきたのにそれは無理・・・と宿に戻り、フロントに頼んで「今日は出港するか、何時か、予約できるか?」を電話をしてもらった。何せ州が変わると言葉が変わる国「マラーヤム語」は全くわからない。  バイクで早めに行き、街の賑わいを見つつチャイを飲んでゆっくりと。出港まで待つこと約1時間、出航したら司会者らしき人がわからない言葉で、客がバラバラと手をあげて...

アレッピー 島・寺・ビーチとドミトリーでの会話

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 日の出を見に川岸(湖畔なので水路)へ、7:00頃水平線からではなくもやの上から、水面に反射している中を ハウスボートが行き交ういい雰囲気。昨日買ったリンゴの皮をむいて食べる。いい一日の始まりだった。  宿で勧められたのは「島」とだけ、バードサンクチュアリだった。船で島一周、サギ・鵜・カイツブリかなホテイソウの紫の花も、上陸し1kmほど歩く中で、大きなトカゲを見た。  ビーチに向かう途中で大きな顔のついた門を見つけた。平屋建ての日本の神社のような寺院これはと思い立ち寄った。寺内を散策中に「靴を脱げ」と言われたので、やはりここはヒンドゥの寺だ。脱いだはいいが足の裏が焼き付きそう、慌てて日陰に避難。  その後ビーチへ、パラソルと椅子が2つセットでずらりと並びアラビア海を望んでいる。ファミリーがたくさん来ている。水着を着て海水浴の大人はいなかった。せっかく海パンも持ってきてたけど今回もアラビア海での泳ぎは断念(-_-;)  島ではボートに乗るとき頭をぶつけ危うく湖に落ちるところだった(片足だけで済んだ)ホテルに戻れば停電は続くは……散々の一日だったが、嬉しいことが一つ、  泊り客が談笑しているサロンに「英語力は少しだけど」と断りを入れ参加、イギリス人が3人、アメリカ人が一人、後で宿の受け付け兄ちゃんが加わり計6人で談笑(とはいっても理解半分)でもサッカー、寿司、ビールなど話題はある程度わかる。日本人はガムを道に吐き出すというので、「いや今の日本はゴミ持ち帰り、去年の登山では、ゴミ一つ落ちていないのに驚いた」とgoogle翻訳で答えると、イギリス人はエベレストはゴミの山になっているとやはりGoogle翻訳で日本語のローマ字読みで返してくれた。ドミトリとはこういうところだったんだ。ホテルでなくここにきめて良かった。      

アレッピーと今日のごちそう

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   昨日 到着できなかった アレッピィ 早朝に仮宿を発つ。 近づくと途中の 川に紫の絨毯?日本で言う ホテイソウの花がびっしり花をつけ、アーチ型の橋とヤシの木とバナナの葉の生い茂る空間。何度もバイクを止めシャッター。これがアレッピー、美しい! 来る途中 2時間余りと思ったが 約3時間。宿を決めたのは昼になった。宿にここでの見どころはと聞き、地図はないというのでG-Mapに入力をしてもらった(G-Mapはスペルを入力するのが確実、それには地の人に頼るのが一番の早道!)  定期便のボートに乗った。周りは「ハウスボート」中がホテルになってるような船がびっしりと並んでいて1000隻を超えると聞いた。 これこそバックウォーターと呼ばれる所以なんだろう。  船は大小ありコックさんと船長ともう一人乗るぐらいの小さなホテル。エアコン付きもあるようだ。(夫婦で来ればこれもいいのだろうが一人ではもったいない)ので陸のホテルにした。定期便に往復なので都合 4時間ぐらい乗っていることになったが、帰りは子供達の下校時間、元気な声、両方の岸に接岸する通学バス停のようなもので、生活感がたっぷり。これは時間が倍くらいかかるのでは?  行くときに見てない広い水辺・景色?と思ったら別な大きな循環ルートでした。(アーチ橋の訳も分かったボートが通るため)夕暮れ時宿近くの岸辺には沐浴・水泳・釣人・漁師さんの網手入れ、子供たちのはしゃぐ声・・・陽が沈む。何だかここではゆっくり時間が進んでいるような気がする。水辺で佇むこと約2時間、昔を思い出し詩なんぞを書いてみた。  南インド、日本では節分を過ぎたあたり、ここ南インドは22-34℃、水分不足の体にごちそう スイカ。 (2泊といえども一人では食べきれないので包丁を借りた宿の兄ちゃんへ半分プレゼント)    

カニャークマリ→アレッピーに着けず、インドホテル事情https://blog.ameba.jp/ucs/top.do

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  カニャクマリ⇒アレッピーに着けず、インドホテル事情  せっかくカニャクマリまで来て、島へのボートに乗らないで帰るのは「きっと後で後悔する」と考え直しガートで日の出を迎えた後、長蛇の列に並んだ。(インド人も並ぶんだ!)ん!Fastpassと書いてある、一般75に対し300ルピー、ここは時間の節約と思い切った。島での色々感じるところがあったが、ここは日ごとの行程を中心に(後で充実する予定)  結局計画より3時間遅れでスタートするも途中で寄りたいところが2つ、木造のパレス、これが立派、見ごたえがあった。木造ゆえ日本の寺院のつくりにも似ている。一応私も建築屋ゆえ、興味津々、加えて博物館もありみごたえがあった(帰ってから蘊蓄を調べればさらに面白いでしょう)多分「西欧の征服者に打ち勝った偉大な王の王宮」と感じ取ってきました。(間違いあれば帰国後)  もう一つは高いところの導水橋Googleに連れてってもらったら、真に導水路の上 民家の庭先みたいなところ。私が見たいのは見上げるような足の部分、ちょうど同じようなバイクの人が先にいてUターン誘導してくれた。  そして一路アレッピーへ、この先約200キロ5時間、無理!日が暮れる! 暗い中運転するのは怖いので、17:00をめどにホテル探し、大きな街ティルヴァナンタプラムは過ぎてるし、とgoogleのホテル探しでよさそうな15分のところ、行ってみた誰もいなかった。リゾートホテルなのか予約が入らないと休業なのでしょう。戻って再びHOTELかROOMの看板を探して飛び込むこと数か所。私を外国人と見るや門前払い。都合6軒目だったインドの免許証を見せたら現地人扱いで泊めてくれた。一晩600ルピー(約1200円)ただしエアコン・WiFi・温水なしの水シャワー、野宿するよりいいか! 私の旅は安い宿で、その分長く楽しむのが信条ゆえ(冒険旅行はサバイバルに近い)どうやら外国人が泊められるホテルは認可が必要なようだ。  今日からケーララ州、言語が変わりマリアラム語と多少英語の使える宿の主人が教えてくれた。