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10月, 2025の投稿を表示しています

ムンバイの街散策(インド旅2日目)

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  ムンバイの街散策(インド旅2日目)  (思い出しで書いてます。 2月のバイク旅通して 旅で唯一雨に降られた街でした)  この時期は雨は降らないと嵩をくくっていた私はせっかく持参した傘もカッパも持たないで外出。でも幸いエレファンタ島からの帰りの船の中と高等裁判所のアーケードの下だったので2時間ほどそこでメモ・メモ・・・(後で失くしたけど)  夕暮れが迫る中雨が小降りになったので今日最後の目的地チャーチゲート駅へ、地下通路が発達しその中は両脇に物売りが地面に商品を並べて歩けるところは1/3ほど。雨もあって地下街はすごい人。迷いながら地上に出たらライトアップされた多分駅名の通りチャーチ(教会)でしょう。リクシャで帰ろうと考えていたのに雨がやんでいた。宿まで4キロほどとグーグルマップに出たので歩くことに決めた。ルートはスマホに任せればいい、街歩きで自ら肌で体験したいと思ったから。  歩道まで突き出た商店の店先、同じ店が何軒も続く、共倒れよりも 通りごとに 固まることでより付加価値を生み出す、という考え方はインド共通のようだ。小さな商店群も見る限り雨の用意はしてないように思えた。  「5.5感の旅」の始まり、インドでカセットガスボンベを買う、スマホのSIMカードを活かす、宅配屋を探すという雑用は「 10/2 ガンジー生誕の日(全インド統一の祝日)」で何一つ実現できずじまい。でも宿に近い駅(写真)はライトアップされCST(チャトラバティ・シヴァシー・ターミナス)(世界遺産) 掘立小屋のような店で地の食事「サモサ」を食べて宿へ (観光写真と日記になってしまった…… 旅のメモ帳を失くしてしまったので、記憶が新しいうちに書き留めです) (参考) ・ムンバイはインド第2位の人口でウィキペディアによると都市人口2億人超 (なんと日本の総人口の2倍!) ・雨宿り中私と同じく雨宿りする人もいましたが、現地のインド人は綺麗なサリー姿ながら傘もささず歩いて通過する人も多数(人間ウォッチ楽しい!)濡れてもすぐ乾くからいいのかも?

今回の私の旅マップ

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 私の今回(2025年10月) の旅の場所を大雑把にいうとインドの西側左側部分です。 地図を添付します。 インドは大まかにいうと一辺2000kmの菱型をしていて ・ムンバイは西海岸の真ん中ぐらい(マハーラシュトラ州) ・ジャイサルメールはパキスタン国境から100kmくらいの砂漠の中(グジャラート州) ・デリーは北方中央(インドの首都でデリー州) 日本の9倍の国土、人口14億(中国を抜いて世界一) (参考) インドは29州+7直轄区、ヒンドゥ語と英語を共通言語としていますが、22の公用語を 州によって 定めています。実際は日本の方言どころではなく全く通じない。 私の英語は赤点ぎりぎり通過程度、身振り手振りとグーグル翻訳で何とか・・・全く無謀としか言いようがない。のない旅でした)でも困っていると周りにある程度英語ができる人がいて現地語で通訳してくれる多くの人に助けられました。  西インドはインドでもベジタリアンが多いとされています。そのうち食べたもの・グルメ編の投稿もしようと思っています。っています。

 「5.5感の旅」Blogへのご意見・感想などありましたらメールを!

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  「5.5感の旅」Blogへのご意見・感想などありましたら、メールをいただけると幸いです。メールアドレスは 5.5kantabi@gmail.com ブログのアドレスは https://onkorokun.blogspot.com/2025/10/blog-post_24.html

砂漠で写した「北斗七星と北極星」大成功!

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  砂漠で写した「北斗七星と北極星」大成功!  砂漠でキャンプ、未明に起きだし満天の星空で見つけた北斗七星と北極星の写真うまく 写ってました \( ^ ^)/   10/17(金)ジャイサルメール未明 下の1星はなくとも間違いない。4~6:00 に一人用の丸テントから出て撮ったものです。(前日夜も撮影はしたけど発見できなかった)  丸テントと屋外用のベッド(布団付き)は砂漠の宿の人が私のために用意してくれたものですが、初めて作るのか久しぶりなのか、バス停までジープで迎えに来てくれた宿の息子(13・12歳)2人とクルーが3人ががりで30分かかってもできない様子。見るに見かねて私が「こうするんだよ カーボンファイバー・テンションシステム」と手伝ってようやく完成。(私はキャンプのベテランとつぶやく)屋外ベッドに布団を敷いてくれ、息子たちもようやく仕事を終え眠れる。  屋外ベッドでしばらく満天の星空を見ながら横になってたけど、何か下で音がする・・・ヘッドライトで恐るおそる下を照らすと、砂漠をラクダで夕陽についてきた犬がちゃっかり寝ていた! サソリなど出たら怖いので自分でテントに布団を運び込み眠る。(砂漠に蚊はいなかった)  翌朝の朝陽も綺麗だったし、地元の人が牛を何頭もつれて放牧に行く姿や、ここに唯一ある井戸に水汲みに来るご婦人の列(頭に載せて運ぶのと洗濯は今でも女性の仕事らしい)にもインドを感じました。

帰国とお礼のメッセージに反響、この先のんびりと(帰国4日目)

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帰国とお礼のメッセージに反響、この先のんびりと(帰国4日目)  旅で知り合いお世話になった人達に、Whatsapp(LINEに似たアプリ)やフェイスブックで無事帰国したことと「ありがとう」のメッセージを送っていたら、返信が次々と返ってきた。その人たちに一緒に写った写真などを送り返している。昨日は夜中0:30頃直接テレビ電話がかかってきた。アジャンタ遺跡散策後のバス待ちで声をかけて来た日本語が話せるバイクのおっちゃん。ホテル探し・値段交渉・スーラトまでの直行バスを勧めてくれた彼だ! 直行バスで10時間もかかって夜中着。予約を取ってなかったのでホテル探しに10軒以上探して回り大変だったよ、 今寝ようと思っていたところ起きてて良かったなどと話した。インドとは3.5時間差だから向こうは21:00頃、インド人ならまだ宵の口?(いつでも世界中と繋がれる、本当に便利な世の中だ!) 写真は赤いホンダのバイクが自慢の彼、日本と日本人が大好きな様子 ここからは思い出し、この先写真等を整理してから、のんびり充実していくつもりです。 (このサイトは後修正・挿入が使えるブログサイトなのでどの方法を取るるか思案中)

インド人って・・・(帰国3日目)

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  インド人って・・・(帰国3日目)  風呂に入り体重を測ると2.5kg減、体脂肪は7.8%(これってアスリート並み?)日本に帰ってもう3日になった。  じっくりこの旅を思い出してみて「なんてインド人は明るく楽しいんだろう!」人への配慮・遠慮、忖度なんてどこふく風、私に後について喋れとヒンドゥー語(多分)を後追いさせて笑っている。自分のやりたいことをやって、人への迷惑はお互い様と許容している感じがする。普段車の通る道を完全に遮えぎって仮設の骨組みに幕を張って大音量でやる派手な結婚式、花火も爆竹も真夜中まで、狭い路地で人がごった返す中でもバイクやリクシャが通るのへっちゃら、停車している車までいる。われ先にとクラクションが鳴り止まない・・・  お祭りの買い物する人、太っているのは中流の人であって、清掃する人、下水道管の掃除をする人、バクシーシ(喜捨を求める人)もたくさんいる。そんなのが入り混じって「混沌」としているのが今のインド(よく言われる言葉でカオス状態)だと思う。お互い様と助け合っていた幼い頃の田舎を思い出す。  私にとってはこの夏の暑い延長だったインド、日中34 ℃まで経験。でも23日たって日本に戻ると13℃、その差20℃くらい。富士山に初雪、風呂と妻の作ってくれたおでんとアジフライが心にしみる。日本料理、通常の生活がとても新鮮に感じる。(みすぼらしい格好で痩せてる私は、きっと後者)

我家に帰宅 「67歳冒険の旅」完結!

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  我家に帰宅 「67歳冒険の旅」完結!  無事インド旅行 今回23日間、トータル43日の「67歳冒険の旅」予定したところや体験+アルファ 無事完結!  2月の南インドバイク旅1600km、今回の西インドの列車とバス利用旅、当初の予定になかったジャイサルメールでの砂漠でキャンプを加えてコンプリート!やりたいことはみんなやった。  楽しいことがいっぱいあったが、苦い経験も数々。最大の危機は真夜中に着いた街で前日予約し確認メールもうけていた宿が存在しなかったこと。(アゴダの詐欺)気の毒に思ったリクシャのおっちゃんが気遣いで「3軒までなら宿探しに付き合ってやるよ」と言ってくれたのはいいが探す間に私の大切なメモ「旅の手帳」を紛失したこと。どこをどう走ったかわからないから探しようがない、旅先で落としたらもうどうしようもない。日本のように「拾った人はここに連絡を」と書いてあっても読めない日本語のメモやインドの電話番号を記してあっても気に留めるインド人はおそらくいないだろう。(前半の10日間の旅メモはパー、写真だけで思い出すしかない)(^_^;)  次いでの危機は、預けたバックパックを載せたままバスが走り去ったこと(前述のブログ記)でしょう。  一番の体験は、砂漠でのキャンプ。満天の星空の元日本から持って行ったバーナーで餅 をインスタントしるこで食べ、未明に北斗七星と北極星を見つけたこと(星空写真を撮ったが写っているかまだ確認できていないが)自分の感と体力を信じながらもたくさんのインド人に助けられながら日本に無事帰ることができたことです。英語力は乏しいし土地勘は全くないなか、スマホだけはヒモに繋いでなくさないようにして・・・  旅で出会った人、行かせてくれた妻・家族・Googleに感謝! 17kgの荷物、体重は2kg減 でした。

デリー⇒タイバンコク経由⇒成田【格安航空】我家へ(インド23日め)

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  デリー⇒タイバンコク経由⇒成田【格安航空】我家へ(インド23日め)  格安航空路、今回の帰りのめどが立ったところでそろそろ帰りの便確保をと検索し始めたのが4日前、安い航空券から売れてい=_乗る日が近づくほど高くつく。 タイ経由で14時間10分でで62000円ぐらい預け入れ荷物が別料金で計77000円くらい。これで手を打ったのが4日前。来る時に比べると高くついたが、これはやむを得ない。  前回もタイの航空会社で快適に帰ったので、てっきりその会社だと思ったら違うところだった。さて乗ってみて機内のシンプルさに驚いた。前席の背にディスプレイはついているが作動せずじまい、どこを飛んでいるかという案内もなく。イヤホンすらもない。国際線特有のアルコール飲み放題、映画見放題に慣れていた私にはちょっとショック。まさに移動するだけの空間。格安航空券とはこういうものか!普通のチキンカレー風の炊き込みご飯は別料金でオーダー。これが200タイバーツ、キャビンアテンダントがその場でルピーに換算してくれると2000ルピーになるという。旅行中ずっと50~150ルピーで食べられたのにこれは高い!「インドに比べると10倍以上は高いよね。高度が高いところだからきっと高いんだね」と冗談のつもりで隣席の人に言ったら結構受けたようで、そこから会話が始まり、地上で食べればいいや。ここはちょっと我慢。  ノリのいい兄ちゃんで首になぜか「平」刺青のある人。とにかく賑やか男5人組のように見えたが機内でずっと喋りっぱなし。1人が立ちっぱなしで隣の席の人と話しているが 全然知らない人たちだという。グループとは明らかに違うと思う女性の隣にいつの間にか座ってしゃべっている。私にも席を変わってくれという。  バンコクに着陸したらすぐまだ機体が移動中にも関わらず後方の席の人が立ち上がってキャビンアテンダントが「スィッ・ダウン!」と叫ぶような。そんな乗客ばかりだった。降り口間際に見ると座席下の散らかりは相当なもの。「格安航空券に乗る人達ってこんなに違うのか」と思うくらい驚いた。インド人の人懐っこさやポイ捨て文化をここでも十分すぎるほど感じた。  乗り継ぎ経由地のタイ・ドンムアン空港。ここは2回目だが、とにかく広い。前回ほど歩かずに乗継カウンタは遠くなかったが1列しかなく前に進まない、ゆうに1時間はかかった。夜中の1時頃...

デリー(3日め)元職場訪問⇒バンコク経由⇒成田へ(インド22日め)

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  デリー(3日め)元職場訪問⇒バンコク経由⇒成田へ(インド22日め)  今日がインド最終日、目的は元職場に顔を出して昔の仲間に会うこと。3月に行くはずが10月になってしまった。日本人スタッフは総入れ替えになっていたけど当時世話になった現地スタッフがみな口々にお久しぶり元気そう、太った?いや瘦せたよ、すっかりインド人になったみたいなどと嬉しそうな顔で迎えてくれた。インドの南と西合わせて40日旅したよ、私の夢が実現できたよ・・・。  私が当時やり残した仕事もその後引き続き進めてくれているようだし、必要と感じていた修繕が3年越しで実現していたり・途中だったり・・・  デリー空港へ、タイバンコクを経て約14時間で日本だ!  大きなリュックを背負った本当の意味での「バックパック旅」ついに初心貫徹・コンプリート!\( ^ ^)/   写真は元一緒に仕事した仲間(プライバシー配慮で顔をつぶしてごめんね!) 背景は私も手掛けて完成させた組子細工のエントランス 本日の移動30km 6300歩
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  デリー市内散策(2日め)(インド21日め)  4日前帰りの便を検索、安価だった事もあり当初予定外の一日、でもそのおかげでラクダ皮の自分デザインのブックカバーの出来上がりを待てたし、会いたい元職場の彼がが体調で明日がいいと・・・「失敗した!」と思うことが後で考えると「かえって良かった」ってことがたくさんありますねこれも「5.5感」ではないかと私は思う。  余禄の一日ゆえゆっくりメールや旅のまとめができた。 昼飯にと散策開始 ・日本ではめったに出会えない緑色の粒の塊みたいな不思議な果物!屋台のおじさんにいくら?1kg○○ルピー、いや一個だけ食べてみたい、そしたらちょっと古い別の山から、やるよ!と言って食べ方を教えてくれた。(スペルは?Vijyta……後調:ヴァンレイクというらしい) ・昼飯は食べている人の皿を参考に指さし「これってなんていうの?いくら?ハーフにできる?」聞くとサランディ(Sarndi)チキンビリアニ系のライスに赤いチリとホワイトソース掛け70ルピー(約140円) ・ランチ後コンノートプレイスに向け歩いていると「何で行くの高いものばかりのところに、オールドデリーにはいっぱいいいもの・安いものがある。ここから歩いて行けるゴールデンテンプルがある、無料だよ」そこは以前に行ったと断ると、ちょっと遠いけど猿の寺がある。と教えてくれた。(怪しい、絶対お金は取らないからと確認して1kmくらい一緒に歩く)35歳のインスタグラマー、それで依頼を受けるツアーガイド専門の35歳の人でした。(歩きの途中2時間後ガイド依頼電話が入ったようでバイバイ!) ・夕方のイルミネーションが奇麗だな~と立ち止まっていると果物屋のおっちゃんが「今日でディワリ祭りは終わり、明日からは別のお祭りが続くよ」という。そうなんだ、「それ何という祭り?」「詳しくは観光案内所があるよバイクタクシーなら20ルピーで行けるよと交渉してやるよ」言われ行ってみた。なんとそこには日本語が使えるインド人スタッフがいた!しばし日本語歓談 ・夕食を物色していると、「モモ」という形は日本のシュウマイや餃子に似た以前食べた物があった。懐かしい!私は小食なので蒸したのと揚げたのと2個ずつ持ち帰りにできるか?またも交渉成立。記念に写真をというとイイネポーズで答えてくれた。 陽気で明るいインド人 おまけの一日、いい出会い...
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  ジョードプル⇒デリー早朝着、市内散策(インド20日め)  列車は定刻より早くニューデリー駅とは別な駅に着き、乗客はほとんど降りた状態。私は急ぐこともないのでじっくり3段ベットの仕組みを観察、現在地や宿の位置、方角を確かめて長~いホームを歩きリクシャで宿へ、早着追加料金というので、辞退し待つと言って充電を頼み受付脇でPCを始めると、「わかった部屋へ行け!」と予約時料金830ルピー(約1600円 その場で前払い)  今日の第一目的は観光ではなく、2年間住んでいたアパートのオーナー夫妻に会いに行くこと。列車の中からWhatsApp (LINE に似たアプリ)にて昔使った連絡先に文章を入れるとOK という。午後早いうちにお邪魔することにした。  もう離れて3年も経つのに覚えていてくれて、ママは「最後にティーポットカバーをくれた人でしょ」と覚えていてくれた。妻のキルティング趣味で作ったものを帰国の直前私たちがコロナにかかって会ってお渡しできなかったのに、それを覚えていてくれた。とても嬉しい。御年87・80歳のオーナー夫妻、インド人としてはとても長生きのご夫妻だった。(ある統計ではインド人の平均余命67歳、えっ私はもうじき死ぬ!)昔は船のキャプテンで、卓球やゴルフを趣味にしている方、昔何度か部屋にお邪魔していた。  もう1つのハッピーはオールドデリー、まさにディワリの祝日にオールドデリーに滞在したこと。コロナ禍中は政府により禁止され、話に聞くだけだった花火、爆竹・家々の飾り付け、色粉でヒンドゥの絵を描く少女、ディワリのための素焼きの器や飾り物・イルミネーション・・・夕方からの散策で今飾り付けをする人や野菜・床屋、普段の生活と入り乱れて、まさにインド人の喜びが感じられる。突然爆発する音に驚く私に「ハッピィ ディワリ」笑顔で答えてくれた。23:00今も外は花火・爆竹の音、今晩眠れるかな?  ジョードプル~デリー間鉄道約580km、本日のデリーでの移動距離37km 12500歩

ジョ-ドプル市内散策⇒デリーに向けての列車旅(インド19日目)

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  ジョ-ドプル市内散策⇒デリーに向けての列車旅(インド19日目)  宿のオーナーが昨日夕方適切なアドバイスをしてくれ、朝8:30から行動開始、市内が見渡せる素晴らしい高台からブルーシティと呼ばれる所以を実感、寺、井戸、そして8km離れた公園へ。ローカルバスの乗り方も教えてくれたので往復40ルピー(80円安!) この公園も素晴らしかった! ミュージアムに改修したものの王宮の外観は相当なもの、さらに砦の上まで行って、この国の王って素晴らしい力や統治力があった。「領民を守る」日本の城で小国を任される歴史とは少し違う感じ。常に外敵にさらされ戦うラージプトと呼ばれる誇り高き人々の意気込みを感じました。  再び時計塔付近に戻り宿への道はディワリ(Diwaliインドで最大の祭り、明日は全インドが休日)の買いだしの人々。今日もその中を散策、インドの迫力を感じました。宿は昨日から子供たちが鳴らす爆竹・打ち上げ花火などで眠れないほど・・・(勘弁してくれ)  夕方からデリーに向け12時間の列車旅、ただの3列シート指定席かと思ったら、3段ベッドに大変身びっくり。これって合理的!(ジュガード: 限られた資源の中で工夫を凝らして革新的な問題解決を行うインド独自の考え方 )清潔なシーツ類に毛布とタオルもついてデリーまで1000ルピー(2千円)以下 安!  同席した石材ビジネスマン2人と向いのご婦人は日本に子供がいるとのことなどおしゃべり、自ら41歳と。女性で上段はきついでしょう?いえインドの女性は歳を取っててもみんな普通よ とのこと このような列車は日本にないのか? 日本は寝台列車が最近全部なくなったと伝えると、なぜ? 日本は国土が小さいから列車で12時間も移動する人・場所がないからかな~? 今日もいい人に出会えました。 本日の市内移動距離 40km 20500歩

ジョ-ドプル市内散策(インド18日目)

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  ジョ-ドプル市内散策(インド18日目)  列車から降りた朝、まずは宿に荷物預け。「この街はほとんど徒歩で歩けるよ」との宿主の勧めに従い、この土地の城塞・墓など見始めた、「明日の列車の切符を取ったほうがいい」との宿主からの電話で急遽駅まで行く必要を生じ何とか確保、無事駅から陽も高いし、歩くとを決め約5km、街の中心部を通ることになり、とてもとてもインドを感じました。 あふれる人リクシャ、バイク、荷車、馬車でまさに混とんと喧噪……話には聞いていたインド最大のお祭りディワリ(今年は10/18-23 まさに今日)その買物、の人が肌触れ合うほどの混雑、上がる花火・爆竹・イルミネーションなどなど。  そんな中、時計塔、そして今朝見た城(映画ワンピースのアラバスタ王国のモデルになった?と聞く)の背景に夕陽!私の写真心が大きく揺さぶられ今日の1枚になりました。  本日の移動距離18km、21200歩(急ぎで一部リクシャに乗ったほかは全部歩き)、シャワーの後足が悲鳴を!(足腰を丈夫に生んでくれた親にも感謝!) これも「5.5感」かな?  おまけ  適切な旅のアドバイスをくれた宿主、数件目を探している銀行までバイクに載せてくれた青年、「入金機能がついてないATMのばかりのインド」で魔法を使って入金を実現してくれた銀行員・・・今日もいっぱいいい人に出会えました。

砂漠での夜・朝、ジャイサルメール市内散策

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  砂漠での夜・朝、ジャイサルメール市内散策  今日のトピックは砂漠でテント泊、夜中におきて満天の星に感激したこと。それを写真に撮るべく「夜景撮影」。このスマホは自動で星空撮影を認識、長時間露光(一眼レフで苦労したのは何だったんだ!)夜0時頃は月もなく、見えるはずの方向に北斗七星発見できず、諦めて4時頃起きると発!縦に伸びた柄杓、その先に北極星が見えた!(うまくとれていれば後でアップ予定)そして朝日、牛飼いが追う牛の行列、女性が何人も井戸の水を汲みに来る姿。一日の始まり。  もう一つはバイクタクシー、ジャイサルメール市内をあちこち散策したこと。(行った先の観光情報は後にアップするとして)  やっぱりバイクはいいね、今回初めて利用したけど自分で運転した2月のインドの時に感じていた以上に機動性がいい。人が歩くのがやっとくらい1.5mほどしかないところでもスイスイ渋滞知らず(私の運転では無理)地元の人は路地を知り尽くしている故のなせる技、アフマダバードでのウーバーリクシャは大混雑で進めなくてもオーダーしたところへ当初の定額で送り届ける義務で送ってくれたのを体験してきたので夢のよう!  私がリストアップした場所を余裕でみて回り予定外の景色のいいところなど寄り道もして今晩予定のホテルイン、昨日から着替えていない体にシャワーが気持ちいい。少々無理して夜行のスリープ列車(前回の「2等列車」を訂正「スリープ」のほうが解りやすい、一番安い指定券いらないやつ)でジョードプルへ向かいます。約5.5時間 115ルピー(安!)、エキスプレスと列車名がついていてもかかる時間は同じ、エアコンとシートの違いだけ(インド仕様の体ができた?というより日本の今夏の延長中)  本日の移動距離24km 11000歩

ジャイサルメール 砂漠をラクダで夕陽・星空キャンプ(インド16日め)

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  ジャイサルメール 砂漠をラクダで夕陽・星空キャンプ(インド16日め)  深夜ベッドバスは定刻にジャイサルメールに到着。バスを降りて明日取った宿に向かおう と思って手帳をめくっていたら、荷物を積んだままバスが行ってしまった(日本のように下 ろしてくれない)やばい思ったらそばにいた兄ちゃんがバイクに私を載せてバスを追いかけ てくれ次の停留所で無事ピックアップ、事なきを得た!それが縁でまず自分の宿へ来てくれ と。明日のバイクタクシーと今日探してる砂漠の宿も「砂漠エリアに弟がいるのでそこに泊 まることも手配できるよ」危ない話と思ったがそこ以外も4つのプランを紙に書いて示して くれそれぞれ特徴や距離・金額を示してくれ、誠実そうなので自分で選んで値段交渉!そし たら弟のところだった。  ピックアップ時間まで歩いてジャイサルメール城内と寺院群を見て戻ると当初は他のツ アー客が車で相乗りするんだということだったが車がキャンセル(案の定?)スタート時間 も暑いから2時間後!ローカルバスで1時間以上かけて砂漠エリアまで自分で行くことに なった。(やられた!)車中は荷物も含めぎゅうぎゅう詰め、でも賑やか和やか。音楽まで 流して笑いで溢れていて、私が少年から話しかけられて英語でやりとりし始めると、みんな 興味津々で私を見ている。そのうち私もスマホ翻訳をヒンディに切り替えて画面を見せて話 していると、周りの人が加わり話しかけてくるようになりびっくり!すっかり私も笑いの中 に加わった気がした。「私がいくつに見える?」と言うと40歳・45歳(サンキュウ!)。 向かいのおじいさんに見える人の年を聞いたら51、もっと上と見えた人が60歳。みんな私 より下だった。少年が日本アニメすごいという。日本のアニメはインドではタイトルが変 わっていて聞いたことがないものばかり、でも画像を見せると「知っている」という。  何と言っても今日のハイライトはラクダに乗ってサンセットツアー。沈む夕陽を見ながら 色々なことを考えた。「5.5感」それは「言葉や人種は違っても通じ合える気持ち」かもし れない。宿に戻ってついに持ってきたバーナーが大活躍。私のために小さなテントを組み立 ててくれ、砂漠エリアで星空を見ながら……。ついに実現「砂漠で星空キャンプ」(写真  汁粉に餅)  本日のジャイサルメール内の移動距離5...

アフマダバード クンバコーナム城・ラーナクプル ジャイナ教寺院(インド15日め)

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  アフマダバード クンバルガール城・ラーナクプル ジャイナ教寺院(インド15日め)  今日のトピックは、タクシー料金が高くついたこと、行った先の詳しい情報は他に任せるとして……  古い「地球の歩き方」の倍額で足りなかった何とも言えないけど、ホテル手配のせいか一切の価格交渉通じず。個人的にタクシープールで探すほうが良かった・・・  たった2箇所ですが、ウダイプルから80kmと90kmその間が50km。ドライバーと話ながら、いい景色のところでは止めてもらい、最近のインド音楽をかけてもらいながらVIP気分で景色を楽しみました。  城は周囲10kmもの城壁内に城や寺院がいくつもある。「「砦+城主が城下町全体を守る」そんな造りですね。世界遺産登録の建物群の一つです。  もう一つは白亜のジャイナ教寺院、その彫刻の緻密さを言葉では伝えきれない。壁・柱・天井ほぼすべてに繊細な彫刻が施されていて、残念ながら内部は撮影禁止(-_-;) 残念!(帰ってからネットで探してみよう)   本日移動距離241km 16600歩 城の上で1000m越え気温は24℃くらい、途中の街の気温は36℃とスマホには出ていた。周りはリゾートホテルが一杯、インドでは人気の避暑地のようです。当初相乗りでもいいよと言っては見たが実現せず。エアコンの効いた専用車、見たかった施設はドライバーは好きなだけ見て電話してくれればいいよと待たせて社長気分の専用車。まっ良しとしましょう。  宿に戻ってこれから初めての深夜ベッドバスで11時間の移動。○○km、1700ルピー(約3400円)、ホテル+交通費なら安いかな、荷物を預けた宿では出発までの3時間ほど空き部屋を使わせてくれた(ラッキー!)

アフマダバード⇒ウダイプル移動 市内散策 (インド14日目)

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  アフマダバード⇒ウダイプル移動 市内散策  今日の感激は、サヘーリョン・キ・バーリー( Sahelion Ki Bai)と呼ばれるところ。王が侍女達のために作った庭園、門を入ったとことから門を入ったとことから噴水が始まり第二の門をくぐってからは庭一面に大小様々な噴水、小さな塔の上に回転する鳥型の上にも、落ちた水がその四方から屋根伝いに落ちる。ここなら40℃にもなるこの地で涼やかに過ごせ王に奉仕できそう。  それにしてもタージマハルや、先日見てきた王の妃の廟、そして侍女にもこんな気遣い・贅沢な造り・贈り物ができるとは…やはり女性に優しくないといけないんだ(ねだられたのかも?、いつの世も女性は強い?) 写真は濡れながらも中に入って写真を取っている女性。濡れるよね、でもいいよね と笑いながら話しかけ、私も入ってちゃっかりシャッターを押してもらいました!水をここまで引き高低様々に一定の高さに水をそろえる(動力なしで)その技術にも感服です。  本日の移動距離 アフマダバード(2,2km離れた別な駅)→ウダイプル列車300km(5.5時間 2等列車) ウダイプル市内24km 13000歩 昨日の疲れだよね足が張ってきた!

パリタナ シャトルンジャヤ山 散策(インド13日目)

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   朝6時出発でシャトルンジャヤ山へ上り南・北またその中間のジャイナ教寺院群をしっかりと見てきました。入口ゲートでここから先は靴禁止と言われ、ソックスのまま登りに。 階段が約4000段というのでなぜか行きたいと苦労してここまで来た訳で、ジャイナ教の聖地の一つであり、その教義「どんな形の生命をも傷つける欲求がない」にも共感し自分でも確かめてみたかったのが動機です。 (場所や教義はネットで検索すれば詳しく出ると思うので興味があれば検索を)  事前に聞いた話では、「虫を吸い込むことも殺生になるだからマスクまでしている」、「禁欲でこいつら何を楽しみに生きているんだろう」という辛辣な言葉も友人から聞いていました。  確かに参道の周りはリスが走り回り、鳥が鳴き、花が咲き、蝶が舞う……。あちこちにエサの皿がぶら下がり自然豊かないい環境、一緒に歩く人はほとんどが観光客だろうから別として、僧侶や信者がマスクしているかと言えばそうは見えなかった。 詳しい事はまた、僧院の内外は撮影禁止、残念!   本日、30600歩(新記録!)、高低差500m、移動距離16.2km全部歩き、ソックスには穴が、旅のアイテムが一つ消えた(-_-;)。  バッテリーが切れると困るので急いで、今これを書いているのはアフマダバード駅のプラットホーム、野宿者が一杯、深夜1時に着いて6:50のウダイプル向けの列車に乗るため私もプラットホームに座っている、ここのたくさんの人たちと同じだ!

アフマダバード⇒パリタナ(インド12日め)

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  アフマダバード⇒パリタナ(インド12日め)  今日のトピックは「自分でヒンドゥの神にプージャした」、「何人もの親切な人に巡り合え、ここまで来れた」ことです。 【自分でヒンドゥの神にプージャした】  取れた宿はヒンドゥー教の寺だった。 夕方水をもらいに行った時に5分いいかと言われついて行くと一家総出でプージャ(夕方のお祈り)に私を招いてくれたようだ。ろうそくが数本とお金が載ったお盆。後ろでは鐘を鳴らす人・歌を歌う人。私を正面に立たせ、横から手を添える形で回したり横に振ったり私を誘導してくれ、およそ3分間。(全身金色に輝く神の名前は確かアディット?と聞こえた)後ろに白い神4体+黒い神が1体、入り口にはガネーシャ。外には1400もの彫り物の像の塔があった。これは素晴らしい体験だった。 【何人もの親切な人に巡り合え、ここまで来れた】 ・宿の親切なマネージャ:昨日ねった移動プランを見せ相談に乗ってくれ、バススタンドの旅行会社がバスも宿も全部やってくれると教えてくれた。宿は自分でと言われ、初めて自分の片言英語で問い合わせた(でも一杯だった) ・バスターミナルの一般バス切符売り場のおっちゃん:教えられた旅行会社は2km先だという。行って戻るよりパソコンで予約した方がいいと判断。携帯WiFiを繋ぎPCで今朝見ていた予約サイトで完了。パソコンの画面に何を入れるか教え手伝ってくれた。 ・バス中継点でのビジネスマンと思しき50歳くらいの人:  乗継はバス終点のバスターミナルと思い込んでいたが、大勢が下りるのを見てハッと思った。バスターミナルはここかも?その人はここで降りるのがいいと慌てて下車。自分も用事でそっち方面へいくといいリクシャに乗せて送ってくれた。リクシャ代はいいと言ってくれた。それどころか発車しそうなバスを立ちふさぎ力づくで止めてくれた。これに乗れと(読めないバス看板探す必要なくなった \( ^ ^)/)困ったらここに電話をとWatsappの電話番号を交換 ・乗ったバスの車掌:英語が使え盛んに日本のことを聞いてくる、日本は素晴らしい国だ、ハイテク・長寿国だよねから始まり、受け答えしながらインドはどうかと尋ねるとインドの平均寿命は34歳、大体25から40歳ぐらいまでで死んでしまうとような話をしていた。終点のパリタナに着いたところで、帰りの直行バスの予約窓口までついてき...

アフマダバード【市内散策】(インド11日め)

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  アフマダバード【市内散策】(インド11日め)  市内数か所を楽に回れないかと横着心がわき宿に相談、私の行きたい場所リストを作れ、時間は10:30からで3000ルピーと言われ頼んだ。いや「私の旅行の本筋と違う」と考え直しキャンセル!幸いに取れた宿がル・コルビジェ設計の繊維工業会館の近く、歩いて行けると9:00には行動開始。行った場所などはまた後段に徐々に充実するとして…… ○今日のトピックは、  郊外の階段井戸から戻った旧市街、土曜ということもあってか街中の人・リクシャ・車、トラック・露店などその喧噪はものすごく、あちこちからクラクションがなりっぱなし、お祭りでもないのに身動きが取れないほど。前へ進めない。乗っていたリクシャほとんど動けず、でも目的地まで送るのがウーバー。降りて歩いてからも・・・(写真)、そんな中 犬も歩けば…では無いが、牛肉レバーらしきものに遭遇。全部ヒンディー語のメニュー看板を見てもわからず、これはチキンか?と聞いたら隣で食べていた若い人がbeefと答えてくれ、またも見つけたインドでbeef。ここのはパンとこま切れレバーらしき物が別に出てくる。30ルピー、実食、牛レバーだ! インド西部グジャラート州はベジタリアンが多いと聞いていたのに 唖然!後から来た女性も頼んでいた。  陽はまだ高い、宿まで2.2kmと出たので歩ける距離、食料仕入れに途中寄った店で親子3代6人連れと楽しい会話、やっぱり日本のアニメが話題に出てきた。 本日の移動距離52km 17200歩 繊細・見事な彫刻レリーフとインドの喧噪を味わう1日でした。

【スーラト⇒アフマダバード移動】(インド10日め)

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  【スーラト⇒アフマダバード移動】(インド10日め)  9:00昨日の下調べ通り、駅で90ルピーのチケットを買いホームへ、列車に270kmが90ルピー(約180円安!)  ワイシャツ姿のビジネスマンを見つけて「アフマダバードまで行きたい。この切符で乗れる列車は?」と聞くとさっとスマホを取り出しササッと調べてくれた列車番号12755という10:00と教えてくれた(そのとき今から考えると前のほうで乗るんだといったような気もする 2等だから歩く距離が長い先頭か後尾と受け止めた)  ホームで待つこと10:00来ない、さっきまで出ていた列車表示の電光掲示板からも消えたもしや・・・と思ったら1番ホームの脇に小さな引き込み線があった。しまった置いて行かれた。気が付いたのは10:20頃特急券でも買うかと窓口方向に戻る途中、やはりビジネスマン風の人を見つけて聞くと、次は13:30にあると調べてくれた。 待ち時間にテーマ別エッセイや、これまでの記録ができる。2等に乗ると覚悟を決めた。 (写真は2等列車の中) 逆に5.5感の旅ゆえ2等に乗ってみたかった。  1+4人掛けが対面の座席。上段に寝られる様子、満席だったのが2階の人が目くばせでOKくれたので2階席を確保、その人が降りたので専用席、ある意味快適、でも外の気温は33℃  無事4時間でアフマダバード駅着、スーラトで昨晩ホテルを探し回ったことに懲りたので、昨日の夜ネットで取ったホテルへ向かう。 【事件】 予約したホテルが無い!!!  ない!え!予約完了メール・予約IDまで昨日の夜もらっているのに!地図はここだと運転手に示し、確かに写真のホテルはここだ!聞くと6月から新しいホテルになったようだ。何なんだよ!  リクシャのオヤジさんが こりゃかわいそうと、3軒までを約束に探し回ってくれた。 ありがたいが、結局見つけられず4軒目、2泊5000ルピー(約1万円)たまに高級ホテルもいいか!エアコン付きバスタオル付きのホテルに2泊決めた。  旅行サイト「アゴダ」の詐欺、話には聞いていたがまさか自分が会うとは・・・とても残念な1日 移動だけの1日 宿-宿時間は12時間 移動と宿探しのロスタイム大、残念な一日になってしまった